FINDREAM

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。

「もう一人の自分が欲しい」は正しいのか。

少人数の組織、多忙な部署にいると、猫の手も借りたいと常々思っているのではないでしょうか。

特に属人的な業務をこなす組織でプレーヤーとして自信を持てば持つほど、猫の手どころか「もう一人も二人も自分がいればなんと良いことか」と半ば本気で考えている人もいることでしょう。

わたしもそのように考える一人だったのですが、最近になってそれは違うのではないかと疑問を持つようになりましたので、今考えていることをまとめてみたいと思います。

 

そもそも自分を過大評価しているのではないか?

「自分自身、そんなにデキる人材なのでしょうか?」

「その自己評価は自己満足で終わっていませんか?」

 

「もう一人自分がいれば……」というメッセージは、あなたの驕りや思い上がりを孕んでいるように思います。少なくともわたしは自分自身に対してそう思い、恥じました。

 

もし未だに「もう一人自分がいれば……」と考えている人がいたら、この機会に自己分析と第三者評価をしてもらい、自分自身を過大評価していないか改めて考えてみると良いと思います。

 

部分最適に陥らないか?

合成の誤謬という言葉はご存知でしょうか?

合成の誤謬(ごうせいのごびゅう、英: fallacy of composition)とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じることを指す経済学の用語。

個々の部分最適が進んだ結果、組織全体として良い結果が得られなかったケースは、仕事の場で往々にしてあると思います。

もう一人の自分ないし自分自身に似た人材を採用したとして、それは組織全体にプラスになるかと問われればノーです。

 

組織にとって自分自身はどのような役割を担っているのか、またその役割は組織でどのくらい重要なものなのか考えてみてください。

 

組織によって活かされていること忘れていないか

そもそも自身のパフォーマンスは、組織による影響が大きいことを忘れていないでしょうか?

「営業で数字が取れる」「事務作業を終えるのが早い」は一見すると個人の成果のように思えますが、実際は見えないところで調整されているものです。

組織の看板を背負っている以上全部が全部自分自身によるものだと言い切ることはできません。

 

自分の成果は、本当にあなただけの実力でアウトプットできたものなのでしょうか?ほんの些細なことでもいいので、その成果物にどのくらいの人や組織が関わっている(た)のか振り返ってほしい。

 

Zoom Outをしてみよう

目先の業務で頭が一杯になると、どうしても部分的な最適化や効率化に向かってしまいがちです。そんな時こそZoom Out(ズームアウト)の意識が大切だと思います。


Everyday Objects In Macro

 

現場の、しかも最前線にいると、いつのまにか「点」でしか物事を捉えられなくなっていることに気づかなくなります。まるでそれが全てのように見えてしまうものです。

傍目八目という言葉がありますが、定期的に自分自身を客観的に見つめ直し、改めて全体のなかでどのようなポジションで、意味を持っているのか考えてみてください。

 

「なぜ、この組織にわたしがいるのか。」

「わたしに期待されている役割と今の仕事にズレはないのか。」

「組織が見据えるビジョンを共有できているのか。」


このように考えると、組織に必要なのは「もう一人の自分」ではないことが分かるのではないでしょうか?

 

自身(組織)に不足しているものを補ってくれる人を求めよう

仕事というのは何かしらの連なりを持って、一つの成果に向かっていく。

そのためには「もう一人の自分」ではなく、自身(組織)に不足している部分を冷静に分析し、そこを補ってくれる人を求めるべきではないでしょうか?

少なくとも、組織を束ねる人(経営者、マネージャー etc.)ならば、チーム全体の士気ににも関わるため、なおさら「自分がもう一人いればいいのに。」という考えはやめるべきだと思います。

「もう一人の自分」を求めたところで、解決できるのは局所的な問題でしかありません。確かにそれも重要ですが、一部の改善や効率化が進んだところで、それは組織全体にどれほどのインパクトをもたらすものなのか、一回立ち止まって考えるべきでしょう。

 

大切なのは、内向きな課題解決のために人やスキルを求めるのではなく、外向きの課題解決のために必要な人・スキル・マインドは何なのかを見極めることなのだろうと思います。

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